「この本おもしろかったよ!」
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 林檎の礼拝堂

林檎の礼拝堂

田窪恭治/著
集英社

2、3年ほど前、メディアで大きく取り上げられたので、「林檎の礼拝堂」ときけばピンとくる人はおおいかもしれない。恥ずかしながら、私は、その当時、ぜんぜん知らなかった。先日、書店で偶然この本に出会い、こんな不思議なプロジェクトがあるのかと驚いた。

そのプロジェクトとは、こうである。フランスのノルマンディー地方にある、16世紀に建てられ、廃墟化していたサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂を、美術家田窪恭治によって、内部、外部、敷地をも含めて、全体を作品化する、というものである。日本で現代美術家として活躍していた田窪氏は、1987年にこの礼拝堂に出会い、‘89年には家族でフランスに移住している。この事実は、礼拝堂との出会いが、田窪氏にとって、まさに運命であったことを象徴している。

冒頭に私は「不思議な」プロジェクトと書いたが、それは、このプロジェクトが、表現する者と表現される者が出会えた希有な例だとおもうからである。非常に幸運な例だといってもいい。しかしそれは、ただ運のみではありえず、田窪氏が表現者としてのアンテナを、常にピンとはっていたことが、出会いのタイミングをのがさなかった原因なのである。

本書の中で、田窪氏は、ラスコー洞窟の壁画についてふれている。1万7千年前に描かれた動物たちは、「どうしようもないほど」素直に表現され、驚くほど新鮮だっという。それは、「人間に生まれたことの幸せを感じさせる」ものだったと。田窪氏は、この壁画はおそらく子どもが描いたものではない、と推測する。そして、私たち大人は、様々なことを知ってしまった、見てしまった、既成概念を持った存在であっても、子ども同様、いやそれ以上に、世界に対して素直になることができると確信する。

なんて力づよい言葉なのだろう。私たち大人は、子どものように素直である必要はなくて、人間として素直に、純粋に表現することを目指すことができるのだ。私がこのプロジェクトに感じた不思議さ、新鮮さ、は田窪氏のこのような言葉によくあらわれている。

プロジェクトは、1996年に礼拝堂内部と外部が完成し、一応終了している。この本が出版された1998年の時点では、田窪氏が内部の壁画を制作している。モチーフは林檎の木である。白か黒か、試行錯誤の末に、美術家は透明な空気や吹く風の音の中に、ものの本質を決定するイメージが存在するのだという答えを導き出した。そして、最終的には、内と外の区別を無くし、絵のイメージだけを空中に立ち上げる、という結論に達した。手法としては、何層もの色を重ねた上に白を塗り、ノミで削りだすという作業をするのである。すると、削ってあらわれた色の断層が、外からの光に反応して、一日のなかで絵の表情がくるくるとかわり、「白い壁から林檎だけが抜け出して風に揺れているよう」になるのである。

何年後になるのかは知らないが、すべてが完成したら、豊かに実った林檎を見に、「林檎の礼拝堂」を訪れてみたいとおもう。(文:京)