王様の耳はロバの耳 2001.9
〜実る秋〜
2001年09月25日
『日本はこれからどこへいくんだろう』
日本人は平和ボケしているというが、事実、戦後50数年を過ぎ、今社会を支える人たちの中には、戦争を身をもって体験している人の方が少ない。かくいう私などまったくもって戦争を目や耳で伝え聞く、読むというくらいのものだ。
でもはっきりいえるのは戦争はいやだということだ。宗教上の問題でもしばしば、戦争は起こるが、基本的には人殺しがいいわけがない。でも人を殺しても人殺しにならない状況が戦争なのだ。国が許す殺人。なんのために、誰のためにそうして命を落とす必要があるのだろうか。人は国や、人を決して支配してはいけないと思う。道徳とはなんだろうか?先日おきたアメリカの貿易センタービルへのテロ行為からアメリカならず世界中が混乱している状況だ。何千人の死者(無差別の)その死者を報いるために戦争をするのか?それ以上の代償をはらう覚悟がトップにできていようと、それでいいのだろうかと思わずにはいられない。
でもはっきりと言えるのは本当に国同士でない戦争をするつもりならば、頭にきたブッシュ大統領が、ビンラディン氏と殴り合うというような覚悟で臨んでもいい気がした。まあ、こんなご時世の中そんな古風な事をいっていたら銃で殺されてしまうんでしょうが。「リーダーが守ってくれた」と心から思うのは体をはって自分たちを守ってくれようとした時なんだよなあ。と一人思うのだった。「どうだ参ったか〜これにこりて、俺の国にちょっかいだしてくんなよ!」のガキ大将としての基本と、一人だけ内緒の攻撃とか手下を使った攻撃はなんだか本当のところせこい大人のすることだと思うので、しないという2つを国のトップは守らなければいけない。
そして、人種間で上下の関係を作ってはいけない。押さえつけられ自由を失った魂は反発と反乱を起こす。だれかが偉いわけではない。もし押さえつけている勢力がどこかにあるのなら、お互い話し合う場所を作らなければならない。それを誰もが聞く義務があると思うのだ。一方的な意見を言われておかしいと思いながらそれを許し反発しない心の方がやばい感じがする。
(やぎ)

『日本晴れ〜』

空が青い!どこまでも青い!こんな日は仕事をやめておもてに出よう!(京)


『おみこし』
烏山神社のおまつりで、おみこしが出ていた。記憶が50年前に逆上ると三軒茶屋でのおみこしのこと。炭屋に金ちゃんや畳屋のマサちゃんが目を中天に向けて、おみこしをゆさぶりながら体をあずけている姿をまざまざと思い出す。いま甲州街道を行くみこしのように行儀のよいものではなくて、ときに商店に突っ込みそうになるなどそれは威勢のよいものだった。炭屋の金ちゃんは近くに住むチンドン屋の元祖と言われた人の息子で、普段はおとなしく炭の配達などをして働いていたが、祭りになるとみちがえるようにイキイキとしてくるのである。チンドン屋の元祖の親父はやかましい老人で、近くを通る別のチンドン屋があいさつに行かないとひどく腹を立てたとよく聞かされた。ひよわな小学生だった私も、一度おみこしを担いでみたくて4年生か5年生の時、一度だけこどもみこしを担いだことがある。終わって、お菓子の袋をもらってウキウキして帰宅した覚えがある(宮)

『秋だねぇ』
天高く馬肥ゆる秋。巨峰に梨に、旬野菜・・・秋の味覚に魅せられて、私もこゆってます。(かわら)

『火災』
今住んでいるマンションで1年に1回は消防車をよんでの防災訓練がある。確かに火事はいつ起こるか分からないので訓練は必要だろう。しかし最近では不審火(放火)による火災が多いということだ。ほんの少しのストレス解消のためになのかは分からないが被害者からすればいい迷惑である。これからの季節、空気の乾燥のために炎はあっという間に燃え広がってしまう。これは私の体験から身をもって知ったのである。
私の実家のお風呂は今時ではめったに見られない薪をくべて沸かすものだ。だから幼い頃からお風呂を沸かすのが私たち兄妹の日課となっていた。
ある日のこと火を焚き付ける時に使うおがくずに石油を混ぜたものを、その日に限って何を間違えたのかおがくずにガソリンを混ぜてしまった。火を付けた瞬間あっという間に地面にこぼれていたガソリンに引火し炎は子供だった私たちの背丈を超えるくらい大きくなって燃えだした。あわてた私と兄はコップに入れた水や冷凍庫から氷を持ってきて消火しようと試みるが火の勢いはおさまらない。
「家が火事になっちゃう!」そんな不安な気持ちをかかえて仕事をしていた父に助けを求めた。いたって父は冷静で且つ敏速に家の外にあった砂をバケツに入れ火元にかけた。
あっけなく鎮火してホッとしたのと火の怖さを思い知ったのを今思い出しただけでもあぁ恐ろしい。
(リュウ)

営業中

みなりん)

2001年09月18日
『PageMaker』
PageMakerのファイルを「別名で保存」するときの快感をわかってくれる人はけっこう多いんじゃないかとおもう。PageMakerはAdobe社が出しているの組版ソフトで、小社の一般書籍および児童読み物のほとんどはこのソフトで組まれている。仕事中「どうにも疲れたなあ」と感じるときは、さんざん直しを入れたPageMakerのファイルを別名で保存する。するとそれまで3,4089KBくらいあったサイズが1,8098KBくらいまでシュルルル〜としぼみ、なんとなくすっきりする。マラソンみたいな作業をしているときは、この「なんとなく」がけっこう大切。わからない人にはさっぱりわからない話ですね。すいません。(京)

『ニュース』

この1週間は、ニューヨークの世界貿易センターを崩壊させた同時多発テロ事件で、もちきっていた。NHKなどは他番組の多くを中止して、このニュースを報道し続けた。もちろんすべてを見ることができたわけではないが、時間の長さのわりに情報は貧弱だと感じた。情報の出所を明確にして、事実を伝えるという基本すらがあいまいで、情報の信頼性が低い。これまでの例だと、NHKはいずれ特集番組を作って問題を整理して伝えてくれるだろうが、だからといって日々のニュースをおろそかにしていいわけではもちろんなくて、ニュース報道のやり方についてはまだまだ改善すべき余地が大きいと改めて感じた。(宮)


『リニューアル』
もうお気づきの方もいらっしゃるでしょう。トップページを新しくしました。このロバ耳にもそれぞれのタイトルを選んでから入れるようになり、ますます使いやすくなった(?)
いろいろなページを作成するときに一番気を付けるところは「ページの重さ」である。いくら画像がたくさんあって素敵なページでも、表示されるまでに時間がかかりすぎると、もう2度とそのページには訪れたくはなくなってしまう。なるべくシンプルで表示が短時間で出来るようにしつつ、かつ書籍の内容や朔北人(社員)の素顔が垣間見ることができればと願いながら日々勉強中。
(リュウ)

『パンプキン・スープ』
朝の食卓を潤そうと、パックのパンプキン・スープを買った。これがなかなかおいしい。冷たくてもおいしい。緑黄色野菜の栄養もとれ、これにパンとコーヒー、玉子を添えればなんて優雅なブレックファースト、と浮かれていたが、現実は朝食とる間もなく、起きざまスープだけ飲み込んで、家を飛び出す始末である。早く起きることからはじめなきゃな・・・。(かわら)

新刊『自由 愛と平和を謳う』営業中
(やぎ)

新刊『自由 愛と平和を謳う』営業中

みなりん)

2001年09月12日
『トイレ考』
出先でトイレに入ったとき、あなたはどの個室を選びますか? わたしは洋式便器の個室に入ります。しかも便器の蓋がパカッとあいているのを選びます。なぜなら、和式便器のかがむという行為が洋式便器よりも身体に負担をかけます。ただでさえ緊張を強いられる出先で、あえて身体を疲れさせる必要があるでしょうか。さらに蓋がしまっている場合、開けたときどのような状態になっているか分かりません。よって蓋がしまっている便器を選ぶのは非常にギャンブル性の高い行為で、これは精神に負担をかけるのではないでしょうか。以上のことからわたしは洋式便器の個室を選びます。あなたはどうですか?(京)

『テロ事件』

びっくりしました、アメリカの同時多発テロ事件。繰り返し流れる飛行機追突、つづいてタワー倒壊。まるで映画のワンシーンのような中継。110階建てなんていう文明の証が、人命というこの上なく尊いものを道連れに破壊されていくのは、なんとも悲しく、愚かしい。マンハッタンのシンボル、ツインタワー、あの展望台に行ってみたかった・・・。(かわら)


『休校』
9/11(火)、台風15号が関東を上陸ということで東京の大半の小・中学校は休校になりました。コドモの学校も台風上陸前、風があまり吹いていない朝に休校が決定。
「全く最近の学校は甘いなぁ。」と私は思っていた。会社に欠勤の電話をするときもあまりに風が穏やかだったので少し気が引けた。けれどお昼近くになるにつれて雨、風ともに徐々に激しさを増していった。
ほとんどのテレビ局が朝から台風情報一色で激しい風や雨の映像が流れると「やっぱり学校の判断は間違っていなかったんだ。」と妙に納得してしまった。おかげで危険や雨に遭うこともなくゆっくりした時間を過ごせました。
そしてこの「ロバ耳」更新も翌日に延期とさせていただきました。
(リュウ)

『テロリスト』
遅い食事を始めるために腰かけ、10時のニュースに目をやったら、いつもの始まりの画面ががらりと変わり、「只今ニュースが入りました」と言って、ニューヨークの世界貿易センタービルの上部が炎上中の映像が出てきた。キャスターとニューヨークの特派員との間で会話が交わされている最中に、画面では炎上中のビルの背後に双発旅客機が姿を見せた。ビルの後ろを通過するのだろうと見ていたら、その飛行機が炎上中のビルのもう少し下部にぶつかった(実際はもう一本のビル)。大きな炎が出て黒煙とともにあたりに飛びちった。しかし、キャスターと特派員の2人は、知らぬ顔で会話を続けていた。私はどうして気づかないのかと思い、ビルに飛行機がたしかにぶつかり今は黒煙をさらに大きく上げているのを見て、ショックで体がすくんだ。
これがあとで同時多発テロだということが分かった出来事の始まりで、それから夜中の2時過ぎまで、食事もそこそこに、テレビの前を離れることが出来なかった。テレビは、次々と画面をかえ、キャスターたちは一瞬の休みもなく次々に喋り続けていたが、映像の細部をよく見ていない。崩壊寸前のビルでは、炎上中の部分のすぐ近くの窓から何人かが布をふり回して救助を求めていたし、高層部分から落ちていく人々も映っていた。旅客機は乗客が乗っていたはずで、テロリストは、乗客を道連れにして突入したわけである。キャスターが幾度も言っていたように、現実のこととは思われない事件が起き、その生映像をわれわれは見ることになったのである。
(宮)

『おとうさん〜ありがとう』
昨日は台風が東京にもやってきた。今回のは目のあるしっかりものだとニュースで言っていた。前回に引き続きゆっくりのんびりの台風だ。でも威力はさすがといっては被害があったことろに申し訳ないが、各地で大きな影響をあたえながらの移動だった。日曜から風邪をひいていたので、月曜日はテレビも見ずに会社から帰ってとにかく布団に入って寝続けた。たしか最後の記憶では夜のうちに首都圏に上陸、その後、朝には去っている予定だった。しかしである、朝、まだ重い頭を起こしてみたものの、雨の音が心なしか激しいではないかテレビを見ると、どうやら9時に関東に上陸午後にならないと台風は去らないらしい。私が会社に着く頃はまだましだった。その後次第に雨も風も激しさを増した。10時過ぎから11時くらいに出社した人たちは体の前と後ろであきらかに色が違った。どうみてもかなり、前だけ色が濃いのだ。おまけにズボンは絞れるほど濡れている。そんな雨も2時前にはからっと上がった。家に帰ると佐世保の義父から電話があった。
父「そっちはどうね?台風すごかったかね」
私「どうにか私やらRさんが会社につくころまではあまり激しくなかったのでどうにか助かりました。家も異常なしです」
父「こんな日にはレインコートでも着なくちゃならんばい。ズボンになっているのとかはいとかんばよ。傘はさせんけんね。危なか」
どうやら、父は昼間、母から「Rたちのところ大丈夫やろか?電話せんばね〜」と話ていたらしい。当の母が寝てしまったので父が電話をかけてきたという寸法だ。どこにいても心配して連絡をくれる人がいるということは幸せな事だなとふと思った瞬間だった。
(やぎ)

『…』

ニューヨークのツインタワーの片方のビルから、ものすごい勢いで煙が出ていた。そして、その隣の高層ビルに巨大な飛行機が吸い込まれていった。言葉がでなかった。ただ、テレビから流れてくる映像を見ていた。映画のワンシーンのようにも見えた。それが、現実の出来事で、リアルタイムで起きていることなんだと、どうしても思えなかった。
時間が過ぎ、情報が増えるにつれ、何かが起きるかもしれないという漠然とした不安で、怖くて眠れず、ずっとテレビの画面を見つめているしかなかった。みなりん)

2000年09月04日
『幼い子どもの笑顔』
お昼を食べようとお店に入った。会社の休み時間はあと20分しかないので、もくもくとホットドックを食べながら、飲み物で流し込んでいた。ふと誰かの視線を感じて目の前をみるとお母さんとそのお友達、幼い男の子(1歳くらい)が座っていて、その男の子がこちらに笑顔を送り続けていた。目が合う。子どもが笑う。目をそらす。また目が合う、又子どもが笑う。そんなことを何度も何度も繰り返した。
なんだか、こちらまで幸せな気分にさせてもらった。子育てはこれだけじゃなくて、泣き叫ぶ子ども、ぐずる子どもをあやしたり、言うことを聞いてくれない、自分の思い通りに事がすすまないというようなイライラすることもあるのだろうけど、そんな笑顔を見て親も元気になるんだろうなと思う。すごいな、笑顔一つで人を元気にする子どもって。私たちが、誰彼となくほほえみかけたら、逆に気持ち悪がられてしまうからね。誰にでも笑いかけられる笑顔は子どもの特権だなあと思う。
(やぎ)

『徹夜』

先月の27日はわたしの誕生日だった。お祝いの電話やカードが思いのほかたくさん届いたが、わたしの気持ちは今ひとつ盛り上がらなかった。そういうものなのかもしれない。わたしはついにミソジへと突入したのだから。なんて書くと、わたしが30歳を何かの節目のように感じているようだが、実はあまり気にしていない。というより、心構えはとっくにできている。27歳くらいから腹のあたりに妙に肉がついて、28歳のときはすでに駅の階段を上ると息のきれる身体になって、29歳の春には自分の顔の小皺にはっとする思いをしていた。だから何を今さらなのだ。27日はカードで大きな買い物をした引き落としの日なので、びびっていただけだ。そして誕生日から10日近くたった今日、わたしは自分に起きた新たな変化に驚いている。それは、徹夜ができない身体になっていたことだ。正確にいうと、一晩中起きているだけならなんでもないのだが、次の日がまったく仕事にならないのだっ。2年前までは1日寝ないくらいへっちゃらで仕事をしていたのに!シワよりもぜい肉よりも、実はこのことが一番ショック。(京)


『東京ディズニシー開園』
この不況下、実に嬉しげだ〜とテレビの報道に目をやったところ、なんとっ!!園内に1泊50万もするホテルがあるという。中世イタリアの港町を模した波止場を望めるそうだが、それはどう見ても東京湾のどす黒い海である。街行く人だって我が同朋。それか着ぐるみたち。50万あれば、本場イタリアに行ったほうが安上がりでは。五感に訴えかけてくるものも大きいだろうに。とはいえ、そんなところにお金をかける人は一部であって、たいていはアトラクションを楽しむにとどめるのだろうが、「1泊50万」なんて情報をまともに耳にしてしまうと、お調子者な顔して蒸気船を操縦する「愛嬌のミッキー」が、金の亡者に変わり果ててしまったようでなんだか悲しい。ミニーにたぶらかされたのか。あ、夢のないことを・・・いかんいかん。(かわら)

『話だけなら…』
プールの季節も終わるので、これから何をしようかと友人夫婦と盛り上がった。
誰かが「キャンプにでも行きたい!」と言う。
「やっぱり湖と温泉が近くにないとねぇ。」
「テント張って近くに川がないと。」と別の人が言い出す。
「やだよ!川なんて。それなら湖だっていいじゃん」
「時期的(11月に行く予定)にはテントは無理だからコテージとか貸別荘で暖炉が付いているといいよね。」
「外でバーベキューが出来なきゃ。」
「なるべく人里離れた山奥がいいんだけど…」
「だったらレンタカーでも借りなきゃね。」
「でも運転するのって1人しかいないじゃん」
「山奥だったら車酔いする人がいるんだよねぇ。」
いつまでもいつまで尽きない。みんなの話をまとめてしまうとそんな場所あるわけないだろう。夢みたいに語り合っている分には面白いがいざとなったらどこかで妥協しないとねぇ。
ちなみにこの夫婦との前の会話は「宝くじ1等が当たったら」という夢のような話で、ああでもないこうでもないとなかなか面白い議論が繰り広げられていた。
(リュウ)

『おらあ三太だ!』
50年前のNHKのラジオ・ドラマ「三太物語」のことが8月31日日経新聞文化欄に出ていた。
当時ラジオだけでなく映画にもなったが、記事によると4本作られている。私の世代にとっては単純になつかしく、「三太物語」というと私は映画の中の美しい花荻先生(三宅邦子が演じていたと思う)と横綱千代の山をすぐに思い出す。
「三太物語」は「鐘の鳴る丘」と並んで私の子供の頃、ラジオと映画の両方でそれは熱心に耳をそばだて、また見たものである。「三太物語」は今も児童書として本が出ているとあったので、インターネットを見たら非常にたくさんのページがあり、ふたたび驚いた。
(宮)

9/5(水)から始まるギフトショー準備のためロバお休み。

みなりん)