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鳴雪自叙伝

内藤鳴雪/著
岩波書店
(岩波文庫)
鳴雪は伊予松山藩士だから正岡子規と同郷であり、21歳年長であるが俳人としては子規の弟子にあたる。幕末維新の動乱期に青年時代を送ったが、志士になることなく、穏やかに生きたようだ。維新後は愛媛県と文部省で教育制度整備に力を尽くした官員となったが、いつの場合も激することなく、事情の変換にしたがって、進退し、やがて官員生活をやめて俳人となった。
幕末期とはいえ、200年余続いてきた大名とその家臣の生活が具体的に表現されていて、これだけでも実に興味深い読み物である。江戸までの旅の様子など、子供の頃の記憶がきわめて鮮明に再現されている。
学問はかなり出来たようだが、武術はからきし駄目だった。カバーの肖像写真は一見新撰組の近藤勇に似ているが、あまり強そうではない。藩重役の子供だから、どこかのんびり過ごしていたようだが、幕末維新の動乱時代とはいえ、日本中の侍がみな志士になったわけではなく、それぞれが置かれた境遇の中で、時勢に流されながら生きていたことがよくわかる。いっときかなり過激な西洋かぶれになったのが、やがて保守的に変わっていくところなどもありのままに書いている。
書きぶりは押しつけがましくなく、さりとて「謙虚でございます」というのでもない。鳴雪の人物の一面をついているのは文庫「解説」に引用されている子規の評であろう。
「ある人諸官省の門番の横着なるを説く。鳴雪翁曰く彼をして勝手に驕らしめよ。彼はこの場合におけるより外に人に向かって驕るべき場合を持たざるなり。この心を以て我は帽を脱いで丁寧に辞誼すれば可なり、と。けだし有道者の言。」
文庫「解説」では「福翁自伝」に並ぶ自叙伝と評しているが、「福翁自伝」よりこちらの方が、読後感ははるかに清涼である。(文:宮)