「この本おもしろかったよ!」

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南の島のティオ

池澤夏樹/著
文藝春秋
(文春文庫)
池澤夏樹さんという人の名前は知ってはいても彼の本を読んだことが実はなかった。この本は池澤夏樹さんが子ども向けに書いた童話らしい。しかし出版社側の趣旨もあるのだろうが文庫にもなっているところを見ると大人にも読んで欲しいと思われたものなのだろうと思う。10の短編が集まったこの本は以前児童書の季刊誌「飛ぶ教室」に連載されたものと、いくつかの雑誌に連載されたものとでなっている。最近、私は南の島(日本だけど)に旅行に行ったばかりだったこともあり、まず題名に惹かれた。子ども向けの本にも絵本もあり文字だけの童話もある。

文庫版のこの本は読み物なので、絵は各章に1枚白黒のものがあるだけだ。だけど…すごくわくわくし、ドキドキし、不思議な気持ちにつつまれたり、神妙な気持ちになったりして、気がついたら、この物語の虜になってしまったのだ。その南の島の少年とそれにまつわる人たちがいきいきと目の前に迫ってきた。子ども達がこの本を読んだときに、どんな気持ちで読んだのか聞いてみてみたい気がした。想像力がかきたてられた。視覚ではない感覚の世界の中はこんなにも自由だったのかを感じる。ときにはこういうものが絵を越えることもあるのかもしれない。絵本には絵本の持つ、「すごさ」があるのだけれど、人には本当にいろんな才能があるのだなと思った。この本はきっとうるさすぎる絵がなくて正解だ。あってもカラーじゃない方がいいのだろう。さりげない白黒印刷のイラストは想像力の邪魔にならないようだ。

この話の1つはこんな話だ。ある日お父さんとティオが経営しているホテルに絵はがき屋さんがやってくる。その人がいうには、この絵はがきはけっして安くないけれど、この絵はがきを買ったお客さんが、このはがき(島の景色などをとった写真)で手紙を出すと、もらった相手は、どうしてもこの景色をみたくなり必ずこの場所に来るのだという。つまりは、このホテルに必ず人を連れてくるはがきなのだという。ただそのはがきを見ただけでは効果はないが、そのはがきを出し、受け取ってはじめてその効果が発揮される「はがき」。この島の写真や、植物の写真、ホテルの写真などの絵はがきをつくったらそのうちこのホテルは有名になるかもしれない。そんな絵はがきがあると聞いて信じる人が何人いるのだろうか。もちろんお父さんも「まさか」と思う。でも絵はがき屋さんにも説明できない理由がこの「はがき」にはあるらしいのだ。結果を身近で見ている人なら誰でも信じるかもしれないが、偽りや嘘が飛び交う今日に、見ないものを信じるのは難しい。ティオは信じ、お父さんを説得したのだった。そして最後に商売でない贈り物として絵はがき屋さんはティオにティオの写真の絵はがきを渡す。これはいつかティオが好きな人ができてこの島に来て欲しいと思ったときに投函すればいいというのだ。

現実にはあり得ない現実というのは本当はある気がする。
どこか、まだ地球が昔、自然のまんまだったときに近い場所ではそんなことが起こりうる気がする。事実、この本の出会いも偶然だ。もしあの日、本屋に行かなければこの本には出会えなかったと思う。この本の作者の他のものの中に、私の興味のある人物や、場所などに関するものを見つけてうれしくなったりした。つまりは出会いは偶然のようであり、実は出会うべくして出会ったという感がある。なにか1本つながったような嬉しさだ。それに連なる人々と暮らしにしばらくどっぷりつかり、しばらくは読書を楽しめそうだ。(文:やぎ)