「この本おもしろかったよ!」

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1ケ月に約2冊のペースで朔北社の社長である宮本と出版部員のお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

王道楽土の交響楽 王道楽土の交響楽

岩野裕一/著

音楽之友社

 「満州国」といえば、日本軍部が中心になって作りあげた傀儡国家であり、長年にわたる日本の大陸進出にからめてのマイナスイメージが強い。しかし政治を離れてみれば、そこに多くの人々が生活し、文化活動もあった。
 本書は、日本のオーケストラ運動と関連させて、ハルビンを中心に行われていた当地域での音楽活動を明らかにしている。
 極東地域には、1917年のロシア革命以来、革命を逃れてきた白系ロシア人が多数流入していた。そして、弱体化した清朝と、辛亥革命後の中国政情の混乱、1932年には満州国建国と変転を続ける状況があった。
 このような状況の下で、ロシア人によるオーケストラが出来たこと、その活動が、日本のオーケストラ運動の発展に大きな影響を及ぼしたことなど、歴史の闇の中にとざしたままにしておくべきでない興味深い営みが多々あった。もちろんその活動は政治の渦に巻きこまれざるをえず、歴史の進展につれての悲喜劇が沢山生まれた。

 小沢征爾は満州で生まれたばかりでなく、その父は満州国時代に当地の有力日本人の一人だった。
 また、朝比奈隆はハルビン音楽楽団の指揮者であった。満州国時代にも、ハルビンの交響楽団には多数のロシア人がいて、演奏を支えていた。今日の日本の音楽活動のさまざまな源泉が、満州のハルビンのロシア人音楽家による活動にあることは確かな事実なのだ。これらのいろいろな出来事や、それをめぐっての人々の営みを本書で知ることが出来る。
 それだけでも充分面白い本だが、音楽活動を示すさまざまな資料、たとえば演奏会のプログラムが私には面白かった。ヨーロッパのいわゆるクラシック音楽の名作に加えて、日本人作曲家の手になる作品が一緒に演奏されている。考えてみれば、これは当たり前のことではなかろうか。今日のように、日本人作曲家の作品演奏が特別扱いされている方がおかしい。
 とにかく、知られざる歴史を知ることができるばかりではなく、いろいろなことを考えさせられる本である。(文:宮)