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「この本おもしろかったよ!」
1ヶ月に約1冊のペースで朔北社出版部の3人がお気に入りの本を紹介。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

。本のジャンルは様々なので「本を買う時の参考にしてくれればいいな。」という、ひそかな野望がつまっているコーナー。

【紹介した書籍に興味をお持ちの方へ】 この本は朔北社の出版物ではありませんので、出版状況等に関しましては、お近くの書店、あるいは各出版社にお問い合わせ下さい。

あいたくて ききたくて 旅にでる

小野和子/著

PUMP QUAKES(パンプクエイクス)


 1969年から宮城県を中心に東北の山の村や海辺の町へ民話を求め訪ね歩く「民話採訪」を50年続けてきた小野和子さん。語り手と誠実に向き合い語ってもらった民話、手紙や文献なども交え、民話採訪の旅で感じたご自身の思いとともに編んだ全18話がおさめられた本です。何度読んでも深く広がりまた読みたくなる、多くの人に知ってもらいたいと思っている一冊です。

民話は、いつも私の身近にありました。特に故郷に伝わる民話には愛着があり、祖母の家のある小さな集落に伝わる広く知られていない民話も、その地方で広く伝わる民話も、子どもの頃から何度でも聞きたくなり、何度でも話したくなるほどです。
この本を読んでいて、幾度となく、もう会えない祖父母や大叔母が目に浮かびました。私の故郷は長野県の南信地方なので、東北の言葉が懐かしいということではないのです。それでも、懐かしく思い出すのです。

第九話『寂寞ということ』にでてくるおじいさんの規夫さん。「ただの一度も、子どもにも孫にも語ったことがない」という民話を、80話を超えて小野さんに語りました。「まだまだ語りきってないよ」と別れるときに決まってこういい、長身の身体を深々と折って、いつまでも手を振っておられた姿が忘れられないといいます。
少し気難しく、笑顔をあまりみせず怖かった祖父が、ある日、車で帰路につく私たちに、祖母と並んで、手を振り続けていたことを思い出しました。私と妹は、嬉しくて嬉しくて、いつまでも手を振り返していました。今でもあのときの光景は忘れられません。そして、そんなふうに、この本を読んでいると、居間の隅で会話に加わりながらおはぎを丸める祖母や、離れの鏡台の前でちょこんと座って笑顔で話す大叔母が、姿をあらわすのです。
小野さんは「むかし、むかし」から始まるお話だけが民話なのではなく、いま生きている私たちの暮らしがある限り、湧くように生まれ続けるのが命ある民話の姿なのではと書かれています。
この本に収められた民話には、その土地にある民の歴史や、時代の闇、苦しみも、悲しみも、喜びもあります。涙があふれ、心穏やかにいられない話もありました。
語り手となるおばあさんたちが話す若いころの話には、ユーモアあふれるものもあり、その語り口に、ふふふ、と笑ってしまいます。そして、それも民話なのです。

本を開くとまるで語り手がすーっと姿をあらわして語りだし、聞いている小野さんもそこにいらっしゃって、その輪の中に自分も入っているような気持ちになります。そして、もっともっと話を聞きたくなる。だから、何度も本を開くのだと思います。

「民話採訪ノート」をもとに、小野和子さんご自身が80歳になるのを記念して40冊作られた手製本の一冊を受けとった編集者の清水チナツさんが、たくさんの人に手に渡ってほしいと、こうして世に送り出してくださったことで、私も手にすることができました。
大切な宝物のような一冊に巡り会えたことを幸せに思っています。
(文:みなりん)